つんどくです。

知的好奇心と創造を、

道をゆずれる大人になりたい。

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通勤用に使う日傘を探していた。

 安くて、コンパクトで、落ち着いた色のものが欲しかったのでとりあえず近所のショッピングモールをブラブラ歩いていた。すると無印良品に目が止まった。なるほど、シック且つオシャンティーな無印良品ならきっと私の要望をコンプリートしてくれるパーフェクトな日傘があるに違いない!

 店内に入ろうとかどを曲がろうとした瞬間、無印良品の入り口からひとりの男性が出てきた。壁沿いを歩いていたので急にお互いが現れるかたちになり、ふたりとも足が止まった。邪魔だよ。そう口に出したいのをぐっと堪えて彼がどいてくれるのを待った。しかし、彼も私を見ながら動こうとしない。何故動かない!? ふたりの男性が昼間のショッピングモールで何故見つめ合わなくてはいけないのだ!? 私は他人のために遠回りをするのが嫌いなので常に直線、最短ルートで店内に入りたい。壁と私の間には誰も通したくない。5秒くらい私たちは気合も入らない目で見つめあっていた。すると彼の眉が歪み始めた。あ、あの感じは知っているぞ! 進研ゼミでやったところだ! 彼の苛立ちが次第に表情から現れ始めたと同時にまるでデブ野郎を見下してくるような眼でこちらを睨んでやがる。こいつ一体何様のつもりだ。どけよ、デブ。と言わんばかりの表情と見下し方に私の眉も次第に力が入りそうになっていた。するとかどからベビーカーとそれを押す女性が現れた。こいつ、完全に自分の方が勝ち組だと思っている。中流階級のような態度をとりやがって、憎たらしい。中流階級の人間は、無駄に自分たちを勝ち組だと大声で発しない。どこで上流階級が見ているかわからないので恥をかきたくないのだ。しかし目の前にいる人間がひとたび自分たちより下の立場の人間だと認識すると、何も言わずに態度でマウンティングを仕掛けてくるのだ。静かに、当たり前のように。だからお前たちはいつまで経っても中流なんだ。ここで負けてはいけない、と私の直感が叫んでいた。ここで負けたらお前は本当に負け組になってしまうぞ、そう誰かに言われている気がした。誰にも気づかれない勝負が、ひとつの曲がり角で行われている。彼が怯んだのか、少し後ずさりをした。曲がりかどと彼の間にスペースが空いた。今だ! 流れるように私のなで肩が、こじ開けられたスペースへと入っていく。肩がぶつかりそうな距離間で私は彼の横を通り過ぎた。その一瞬、私の世界からソーシャルディスタンスという概念が消えた。

 何故人はどこでも他人より上の立場でいたい、勝ち組でいたい、とマウンティングを取ってくるのだろうか? 人間の醜さを集約させたような彼の顔面に張り手を喰らわせたかったが、私はもう振り向かない。貴様相手に私の時間を使わせるな、と思いながら曲がり角を通り、店内に入る。勝ち誇ったような表情で再び顔を上げた。そこは女性用下着売り場だった。無印良品のお店はもうひとつ先のかどからだった。結局、私は負けたのだ。悲しみと怒りと恥じらいの心が相まった私の顔は、たぶん彼よりも醜いものになっていただろう。あー、帰りたい。