飽き性だと思ってたけど実はプライドが高いだけだったのを最近になって気が付いた話
どうも、つんどくです。
今日は私の性格、飽き性について少しお話していこうかと思います。
私はどちらかと言うと好奇心旺盛な方だと思ってる。
興味があることはいろいろと調べないと気がすまない。
その一瞬一瞬では、これを一生の学びとしようと考え、何冊も参考書などを買って読んでいたこともあった。
しかし、長くて3年。短くて1ヶ月で飽きてしまう。
せっかく自分が夢中になって取り組めることが見つかったというのに、すぐにその情熱は冷めてしまう。
まるで最初からその情熱が存在していたのか疑問に思うほどの鎮火。灰すら残っていなかった。もちろん、勢いで買った本のなかには開いてすらいない本もあった。
こんなことが小学生のころから続くもので、私にはこれができますよ!と自信を持って主張できるものが何もない。
なぜ私には何もないんだ、、、?
終わりのない回答にずっと悩んでいた。
しかし最近、あれはトイレで用を足しながら盛大に屁をかました時だった。
少しわかった気がした。
私は単に、他者との優劣を認識したくなかったのではないか?
好きなことや、続けやすいことって大抵自分以上にできる人がまわりにいない時だと感じた。
自分が優位に立てる、自信が持てる。そう心のどこかで思いながら情熱を注いでいたのかもしれない。
他人よりも劣っていると感じたとき、それを認めたくないがために興味が失せた。
なんと単純で呆れた動機なのか。
しかし今、仕事を続けてきた自分が思っているのは、
自分の程度を認識したうえでどう成長するか?
何かを長い間、突き詰めて学んでいく。
今までは何かを追及するのが怖かった。だって他人より劣っているのが我慢できなかったから。だからといってそれ以上を目指そうとするのではなく、別のステージに立とうと他のものに興味が移っていった。
何かを追及していく姿勢がやっと見つかったのかもしれない。
最近はそんなことを思いながら、職場のデスクでキーボードをひたすら叩いている。