つんどくです。

知的好奇心と創造を、

【朝の散歩】ザリガニ

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 朝起きた直後に散歩へ出かけるのが僕の日課だ。そこまでストイックにするつもりもないので、雨の日は行かないことにしているが今日もどうやら晴れのようだ。

 早朝5時、散歩へ出かける。 

家の近くにある大きい公園まで歩き、その中にある少し大きい池の前のベンチで小休憩をとって帰ってくるのが僕のお散歩コースだった。

今日もベンチに座り、今日の1日をどうするかぼ~っと考えていると、近くでバサーと大きな水しぶきの音が聴こえてきた。

なんだなんだと音がする方を見てみると、大きなザリガニが池からノシノシと上がって来るのが見えた。

え、めっちゃデカいんですけど。

中に人が入っているんじゃないか、と思うほどに大きいザリガニは何故か2足歩行で気だるそうに歩いている。

その姿はまるで死んだ魚の目をした通勤中の会社員とほぼ同じ姿勢だった。

そんな目の前の現実か疑わしい事態に混乱していると、気が付いたときには、ザリガニが僕の座っているベンチの隣に座ってきた。

ドスンと座るザリガニの身体についていた池の水が若干飛んで僕についた。

「よう、調子どうよ?」とザリガニ。

「え?」この変な状態に脳が追いつけていない僕は、一瞬何を聞かれているのか分からなかった。まさかザリガニが日本語で話しかけてくるなんて誰も予想できないじゃないか。

ザリガニは黙って僕の目を見ている。そんなギョロっとした目で見ないでくれよ、ちょっとコワい。

「あ、ああ、ボチボチですよ。」

「おう、そうか……」ザリガニは池の方へ顔を向けた。

ああ、この初対面の人にもグイグイ来る感じは、僕が苦手な人のタイプだ。ザリガニだけど。

ザリガニは池の方を見て何も言わなくなった。え、僕の番?

早朝でまだ頭がぼ~っとしているせいか、話のタネがまったく出てこない。

「いやさ、池のやつらから人間の前には姿を出すなって言われててさ、会話なんてもってのほかなんだってよ。でもさ、この池の中でずっと同じ相手と話してるとさすがに飽きてきちゃってさ、あんた面白そうだから思い切って出てきちゃったよ。」

「あ、そうなんすか……」

「どう?おどろいた?」キラキラした目でコッチを見てくると同時に触角が僕の頭の周りをフラフラしている。

「はい、とても。ザリガニと話した経験なんて無いので。」

「だよね。俺もない」ザリガニは、はははと言って笑っている。

「ザリガニって普段どんな生活をしてるんですか?」僕はふと思った疑問をぶつけてみた。

「俺らはただ餌を取って食って寝るだけだよ。友達とくだらない話をして楽しんでるけど最近は全然面白いことがねえ、退屈な池の中だよ。」池の方を見てため息をついた。

「そうなんですか……」ちょっと意外だった。人間の世界でたぶん一番有名なザリガニは、赤い髪の人魚と一緒に毎日歌って踊って楽しそうにしていたから、ザリガニの毎日がすごくハッピーなものだと思い込んでいた。

「そっちの世界はどうなの?やっぱ毎日楽しいの?」

「こっちもそんなに変わらないですよ。仕事行って、帰りに同僚と飲みに行って上司の愚痴で笑い合うんです。でも帰り道でひとりになったときに急に虚しくなったりするんですよね。あれ、僕何やってんだろ?って。笑っちゃいますよね。」自分で話してみると余計虚しくなることに気づいた。

「仕事っていうのはなんだ?人間は餌をどうやって捕まえるんだ?」

「仕事というのは、自分の時間を使って誰かの役に立つことを言うんです。その代わりにお金というものをもらい、それを使って餌と交換ができるんです。」

「へーなんか難しそうだな。他の奴の役に立とうなんて考えたこともなかったわ。仕事って楽しいのか?」

「あまり楽しんで仕事をしている人は多くないと思います。人の役に立つとは言いましたが結局は僕たちも食べないとやっていけないので。大半が仕方なくやっている感じだと思います。」あと家賃とか納税とか。

「へーそうなんだ。仕方なくやってても人の役に立つ仕事ってのはすごいもんだな。」

たしかに。大半が自分の生活のために働いているのに、仕方なく仕事をしている環境の中で僕たちは本当に人の役に立てているのだろうか?

同じベンチに座る僕らは同じ池を見て、同じタイミングでため息をついた。

「ちょっと聞いてもいいですか?」

「おう、何?」

「脱皮って、苦しいんですか?」思い出したかのように僕はザリガニに質問していた。こどもの頃に祖父母の家で飼っていたザリガニが脱皮の途中で死んでいたのを思いだしたからだ。あの時はとても悲しかった……

「そりゃ苦しいよ。命懸けでやらないとそのまま身動きとれなくて死んじまうんだ。中には途中で腕がもげたやつもいたな。脱皮を続けてれば元に戻るんだけど、そいつは他のやつにケンカで負けて食われちまったよ。結構いい奴だったんだけどな。そいつも人間に興味があってさ、次の脱皮で腕が戻ったら人間と話してみるって意気込んでたのにな……」

それは人間の世界では、死亡フラグというんですよ、と教えようとしたけど止めた。

ザリガニの尻尾の裏でヒレのようなものがヒラヒラしている。

「さてと、身体が乾いてきたしそろそろ俺は戻るわ。あんちゃん、今日はサンキューな。初めて人間と話せて楽しかったわ。」と、ザリガニはこちらを向いて言い、ベンチを立った。

「僕もけっこう楽しかったです。ありがとうございました。」人生で初めてザリガニと話せたのはなかなかの経験だった。

ザリガニはじゃあな、と言って手を振りながら池の中にジャブジャブと戻っていき、姿を消してしまった。

自分が知らないだけで、本当にいろいろな世界があるんだなと改めて実感した。

一気にいつもの公園の静けさに戻ったのが、なんだか少し寂しくもあった。

僕は腕時計を見てそろそろ家に戻らなくてはいけない時間に気が付いたので公園を後にした。

 

後日、僕はIKEAへ買い物に出かけていた。

そこでお昼を済ませようとしてレストランに向かったが、期間限定の「ザリガニ食べ放題」と書いてある看板を見てやっぱりやめてしまった。

ただ、シナモンロールでできた「がんばれザリガニくん!」は少し気になった。

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