【 初めての万年筆 】
書くことに楽しみを見出してきていた僕は書くものにも何かこだわりを持ちたいと思うようになっていた。
気が付いたら思ったことをノートにガンガン書くようにしていた僕は、ブログを始めてから改めて書くことの楽しさを実感していた。
口下手で、話したい事も特に何もない僕が書くということに対して魅力を感じ始めるのは当然だったかもしれない。
誰も待たせることなく、自分のペースで思いを鮮明にぶちまけることができるのは今のところノートしかなかったからだ。
ノートに使うペンはSARASAの0.4で必ず青を使用していた。ストックも数本ある。
しかし、ふと万年筆が欲しいと思ったのだ。
それはこどものころから抱いていた憧れというものかもしれない。
どこかで使っている人は良識があり、カッコいいというイメージがついていた。
今の自分なら買って損をすることもないし、使い続けていける自信も機会もあると思っていた。
書店に並ぶ万年筆からお目当ての黄色い万年筆を見つけた。
見本用だからか、中間に紙テープが巻いてあった。これを持って行けば店の奥から新品を持ってきてくれるのだと思い、レジに並んだ。
自分の番が来て、店員に差し出すと
「こちら、ご自宅用でよろしいでしょうか?」
この人は何を言っているんだ?
「え、あの、こちらの新品が欲しいんですが、、、」
あっ、すいませんと言って早歩きで裏に入っていった。たぶん倉庫か何かだろう。
1分近く待って、気が付くとレジに並ぶお客で列ができていた。
この客は何をしているんだという気まずい空気と視線が僕の背中からだんだんと囲い始めていたのに焦りを感じていた。
お待たせしました、といいながら早歩きで店員が帰ってきた。しかし、僕は店員が何も持っていなかったのを見てしまい嫌な予感がした。
「申し訳ございません、こちら現品限りの販売となっておりまして、、、」
一瞬固まる自分を見て、店員は続けて説明をする。
「こちらの紙テープを剥がしていただくとインクが先まで通るようになっていまして、すぐに書くことができるようになっています はい。」
本気でこれを売ろうとしていた。
中古でもなく新品の値段で。
どうなさいますか、という店員の質問に僕はすぐに答えがでなかった。
じゃあいらないです、と普通なら言えるだろう
しかし、今日から使いたいと思う物欲
店員が時間をかけてきて探してきた頑張りと、それを断ったときに一瞬でも見せるであろう店員の不服な表情が予想できたこと
それを見て僕もすごく嫌な気持ちになると予想できたこと
これと決めて買いに来た初めての万年筆がほぼ中古なのに新品の値段で買うということ
レジ待ちの客から来る視線による焦り
紙テープを剥がした後に絶対気になるベトベト
いろいろな条件で混乱していた僕は一瞬迷って
「じゃあそれください」と下手くそな笑顔で店員に伝えた。
お待たせしましたと言われ、商品を受け取った後に僕はありがとうございますと言ってそこから逃げるように書店から出ていった。
帰り道、僕はどこを向いて歩いていたか覚えていなかった。
何故ぼくはいつもそこまで気にするんだ。嫌なら嫌だとハッキリ言えばよかったのに。
他人の気持ちが僕に敵意や不快な思いを向けないように接するのでいつも必死だった。
午前中に飲んだ珈琲のカフェインが切れてきたこと
天気が曇りでしかもすごく寒くなってきて僕の体温が急に低くなったこと
ほかの店をふと見たときにまったく同じ黄色の万年筆が箱入り新品で売っていたこと
こんなことが奇跡的に重なり、僕の1日は素晴らしく最悪だった。
家に帰って万年筆を試してみる。
書いた感じ、太さ、インクが青だったこともいつもなら申し分ないはずなのに、その全てが気に入らなかった。
ペン立てに入れると、他のペンとイイ感じに溶け込んでいたのが余計気に食わなかった。
こうして僕は生まれて初めて自分の万年筆を手に入れた。